「住民が行政を困惑させる=明日を向いて、故郷を信じて(36)

36 住民が行政を困惑させる=明日を向いて、故郷を信じて(36)

DSCF6200 少し話は長くなりますが、前述のとおり以前、行政改革という仕事に携わっていました。やはり目玉は人件費の削減ということになります。国にしてみれば、人件費も含めてどれだけ地方交付税を圧縮できるかという思惑もありました。市町村合併で余剰!?の人員を抱えた行政は、自らのスリム化と財政の健全化に躍起になりました。そこに公務員制度改革という時代の潮流も加速して、更なる減員に手をつけてしまったのです。

立場を離れれば、行きすぎた人員の削減はあらゆるところに問題を投げ掛けました。蔓延する職員の精神疾患、中途退職、緊急時の対応力の欠如から、ちょっとした街路樹の手入れまでも・・・。 昭和五十年、オイルショックから抜け出し、バブル期への助走を始めた頃、まだガリ版印刷、タイプ打ち、そろばん計算とアナログ時代全盛期でした。 そこから、OA化が加速したものの、住民のニーズもまた右肩上がりで格段に増え始め、日の当たらなかった活動や政策もマスコミの報道により顕在化し、どんどん仕事が増えていったのです。

現代の住民の幅広い活動と考え方、福祉需要の増進を考えれば、交付税算定の基礎となる人員だけではおおよそ自治体運営などできるわけがありません。言い換えれば「きめ細やかな行政運営」など国は自治体に求めていなかったのかも知れません。

前述の霞が関の役人は何も分かっていない!という失礼な発言にも繋がりますが、現実の話を少し拾い上げてみますと・・・。 行政の窓口には、広聴担当や相談窓口があって、様々な市民の意見を拝聴します。・・・ところが実際は「意見」ではなく「苦情申し立て」がほとんどです。そして苦情はまだしも、行政機関に通うことを「趣味」としている住民の方も中にはいらっしゃいます。

昔は、地域の村長(むらおさ)や民生委員、古老や隣人が聞き役になっていたものが、関係が希薄化した地域コミュニティには受け入れてくれる者がおらず、結果、行政に直接足を運ぶようになります。 大抵一時間は聞き役に徹しなければなりません。こういう人たちをそでにすれば、行政は議会やマスコミなどに叩かれてしまうことになりかねません。場合によってはうわべの目に見える現象だけを捉えてバッシングも始まります。

実はこういう人たちが一人や二人ではないのです。毎日、どこかの職員が誰かの対応をしていて「本来の業務」に手をつけられないという実態もあります。一つの自治体全体の年間の人件費に換算すると膨大な額となります。

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その昔、やっと舗装になった我が家の道路を狸が横切ったり、猫が走り抜けられず、無残にも自動車の犠牲となって家の前で死んでいました。「あらまぁ!」といやいやでも段ボールに入れて町内のゴミ箱の脇に置くか、空き地や近くの山林に埋めたものでした。

現在は、猫でもネズミでも行政に「回収しろ!」と電話してくる住民が多くなりました。動物の死骸は「へい獣」と言って、死ねばゴミ扱いになってしまいます。ちょっと手をかけて始末をして欲しいものですが、現代の住民はそこまでしてくれません。市町村合併で広域化し、支所・出張所機能もなくなった自治体は三十分以上かけて車で回収に行き、清掃センターまで持っていくことになるのです。この作業にかかる人件費と、猫一匹の始末という行為を一体誰か議論するのでしょう。

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日本海側は当然冬期間の降雪に悩まされます。早朝の除雪は人件費も含め経費も莫大です。 朝三~四時くらいに除雪車が住民の通勤時間帯を避けて出勤します。除雪ドーザは路面の雪を道路脇に溜まった雪山に更に押し付けていきます。ところが、朝が早い住民は除雪車が来る前に車庫前の雪かきを済ませているのです。きれいに雪の塊を片付けているあとに、除雪ドーザが前進しながら排土板(雪かきの鉄板)に抱いてきた雪の塊をその車庫前にこぼしてしまいます。

朝一番の自治体への苦情はこれです。「運転手が嫌味でうちの前に雪の塊を置いていった」と激怒するのです。業者は必死で除雪作業中です。そんなことをしているわけはないし、また、その苦情を伝えるのも気の毒になります。結果、電話を受けた職員がスコップを持って謝罪と除雪に行くことになるのです。

除雪が公共交通確保のための手段であり、そのことを地域住民が理解・協力するという意識がないのです。事故があって救急車(緊急車両)が通ること(公共交通・緊急道路の確保)より自分の利害の方が先に思い当たるのでしょうか。

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一例にすぎませんが、こういうことで行政の法定事務あるいは自治事務以外の雑務が増え、仕事が煩雑になることに反比例して人員が削減されていく現実があるのです。雑多な仕事をコミュニティに期待すれば批難され、自治体が自力でやろうとすると費用とマンパワーが不足し、不幸なことに、事故が起きた場合に行政訴訟で補償料を請求される・・・。

003本末転倒なこととは思いますが、行政からの発信はできません。今だから言えることですが、「住民が行政を困惑させる!」という事態もあり得るのです。

〈松谷範行氏著作:「明日を向いて、故郷を信じて」より〉

随想