「教育に関する持論」=生かされている意味さがし(84)

84 教育に関する持論=生かされている意味さがし(84)

子どもは野山を駆け回って、伸び伸びと素直に育つことが望ましい! と誰もが考えているのですが、「学歴社会」という目の前にある現実に、親は尻を叩き、塾に通わせ、光の当らない世界へと引きずり込んでしまいます。

一流大学を出て、霞ヶ関に勤務してキャリアと呼ばれながら、あわよくば官僚になり、壮年期には外郭団体に天下って悠々自適の生活をする。もっと上を目指せば、地元に帰ったり、落下傘部隊となって国会議員や知事という職業に就く。

これが人生の中で最大の幸福なのだ! という「サクセスストーリー」もあったりして、国民総じて?!そこに向かって競争をしているようにも感じてしまいます。

子どもの頃のサッカー選手や野球選手、保育士やパティシエなどという純粋な憧れや夢はどこにいってしまうのでしょう。

親と社会が封殺してしまうのでしょうか。我が家は三人の子どもがいましたが、長女で子育てを経験・学習したので、二人目からは塾には通わせませんでした。

徹底して、家での勉強を強要することはせず、「授業を聞いていれば、(学習)塾にいく必要はない。宿題が出されたからといって無理やりしなくてもよい。忘れた! といって廊下か教室の後ろに立たされれば済むこと」と言って、家の机に向かわせることもしませんでした。

ともすると、子どもは家で勉強や宿題ができないのですから、焦って学校の放課後に宿題をやったり、授業を真剣に聞くようになりました。次女、長男の授業参観での子ども達は予想以上の集中力をみせていました。

担任からは、「授業中の自分に向ける視線が凄すぎる」「聞く姿勢が素晴らしい」と絶賛され、学生時代に「教師の子守唄?!」に熟睡していた私とは大違いの成績も残していきました。

ただし、進学(受験)に係る傾向・対策の勉強は学習塾が勝っているので、高校・大学の進学には余計な苦労もありました。

もうひとつ、親には重大な作戦があったのです。三人の子ども達を大学に進学させる! という目標は相応の費用負担を伴います。平凡なサラリーマン家庭での学費捻出は至難の業でもあります。

いかに日常の経費削減を図るかですが、学習塾の経費はハンパない金額ですよね。数科目で数万円という月謝は家計を圧迫してしまいます。「だから塾には行かせない!」という方法・便法を編み出す必要があったのです。

学習塾は子ども達の社交場でもあるので、一時は勉強とは違う意識で塾へ行きたがります。

「塾は駄目。意味はない。お金も掛かる。けど、お前が授業中一生懸命先生の話を聞いて、(学期毎の)通知表順位が一番上がったら一万円のご褒美をあげる」

と、そそのかすような話をしていました。

一学期三ヶ月とすると塾の経費は五~十万円は掛かる。子ども達への説得で了解されれば一万円で済むのです。順位が一番上がるという簡単で実行可能な数字は、子どもにもハードルが低いし、何よりも一万円は魅力的な金額です。年間にしても三万円で済むというエコ教育でもあります。

成績が一番上がるというのは、試験でいうと1問か2問の差でしかありません。子どもは実現可能な目標にモチベーションも上がり、効果が期待できます。

そして、一番づつ確実に上がっていってくれると、中学・高校は三学期×三学年あるので、九番は成績がアップするということです。最下位の子どもが中間に、中間にいた子どもが上位になるということです。塾の効果よりかなり具体的で現実的なものです。

003 ……という、子育てが正しいかどうかは別として、作戦は見事に成功しました。これを、我が家では「松谷家の教育実践論」と呼びます。

〈松谷範行氏著作:「生かされている意味さがし」より〉

この記事はブログ管理者からの無理な申し出を、筆者から受け入れて頂き掲載しているものです。

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