「後悔と喜び」=生かされている意味さがし(83)

83 後悔と喜び=生かされている意味さがし(83)

テレビを観たり、仕事でいろいろ経験したり、自分以外の人達を見て、その生き方や活躍を目の当りにすると、「なんで俺は中学、高校と怠けて勉強しなかったんだろう」「ちゃんと将来の目標を持って大学へ進学したり、就職を考えなかったのだろう」と思うのです。

後悔しても始まりませんが、「今の自分の気持ちとか姿勢があって、もう一度タイムスリップできたとしたら……」と、思うこともしばしばあります。少なくとも今の自分を当時分かっていれば、もっと努力を惜しまなかったかもしれないと思うのです。

夕飯を食べながらテレビに向かって、そんなことボヤくことも度々あるのですが、そんなある日に、脇で食事をしている妻が、「あなたが勉強しなかったから今があるんじゃないの?!」「そうじゃなかったら私とこうして巡り会っていないし、あんな三人の子供達も出来なかったんだから……」と、なんとも変な励まし、説得力なのです。

そうそう、この本を書くきっかけもそこだったんです。

手前味噌になるけれど妻のおかげで三人の自慢の子供達がいます。性格が親父似で決して褒められるものではないけれど、結婚しても近くにいてくれる、何よりも可愛い孫も産んで我が夫婦に希望を与えてくれる長女。

東京で一人暮らしをしていて、結婚という言葉から遠のきつつありますが、日本一家族と姉弟思いで驚異の記憶力を持つ次女。

そして高校から博多に行って、博多に就職した日本一努力家の長男。妻がいなければこの三人の存在はなかったはずです。

妻も、家族愛が人一倍強く、時に「鬱陶しい」ときもありますが、そのお蔭で私や私の家族の今があるのです。しょっちゅう喧嘩もするし、「タイムスリップしたついでに、綾瀬はるかと出会っていたら……」などと妄想もするのですが、今の幸せを喜ばなければいけないし、そういう反省と自戒、父親の生き様を伝えるために本を書こうと思ったのです。

003「高校受験を失敗したことに、大学に行かなかったことに意味があった」と妻に諭される自分も、日本一幸せだと思わないと地獄に堕ちそうです。

〈松谷範行氏著作:「生かされている意味さがし」より〉

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随想

「本当に<孫>は<子>より可愛いか?」=生かされている意味さがし(82)

82 本当に<孫>は<子>より可愛いか?=生かされている意味さがし(82)

今回は結論から言います。「可愛い」です。

目に入れても痛くない! ということはないと思いますが、孫との時間は無類の喜びの時間です。ただし、その喜びを味わえる時間にも限界がありますが(笑)。

さて、どうしてでしょう?

私なりに考えてみました。たぶん子育ての経験の有無と、お互いの年齢の差、自身の「精神的余裕」と「無責任さ」が孫への愛しみに繋がると思うのです。

自分の子どもに対する子育てというのは、結婚して初めての経験でしょうし、どうすれば喜んで、どうすれば泣くのか、なかなか理解できない場面もあります。加えて夫婦二人の生活から子どもが増えると、とたんに生活を維持するのに精一杯になります。

余裕がなく、子どもの心理も分からないから、「子育てを凌ぐ!」ことはあっても、「子育てを味わう!」という感覚まで至りません。子どもが成長して自我も確立されると、親子にも関わらず相手の行動に怒りを感じたり、喧嘩になったりもします。

ところが孫となると、はな(最初)から生きてきた年月の差に余裕をもって相手(孫)を見守ることができます。「所詮、孫のこと」ですから、飲み物をこぼしても、花瓶を割られても「仕方ないかぁ」で済まされます。生活力も若い頃よりは多少ついていますから、余裕を持って接することも出来ます。

究極は、相手をするのが嫌になったら妻とバトンタッチするか、若夫婦に返還するだけです。楽しい時間だけを自分の都合で決められる「無責任」という、何とも軽い立ち位置が、「可愛さ」を増幅させてくれるのです。

子どもは素直です。何でも聞いてきます。水族館の帰り道に高速道路でフェンスに激突している車がありました。VICSデータでナビでも事前に教えてくれます。

まず現場を見て、「なんでぶつかったの?」、発煙筒に、「何で煙が出ているの?」「火事なの?」、ナビの表示に、「なんで(表示が)黒と赤なの?」「なんでパトカーがいったの?」と、「なんで?攻撃」が数分続くときだけは、眠っていて欲しいなぁ~と、その純粋さを恨むこともあるのです。(笑)

最近は、「じいじぃ、ドライブに行こう!」と誘われます。そのドライブは必ずおもちゃ屋さんがルートに入っているのです。

003無類の可愛さとの引き換えに多少のお金も掛かることを付け加えておきます。

一句―。

幸せもお金で買える時世かな……

〈松谷範行氏著作:「生かされている意味さがし」より〉

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随想

「その顛末…」=生かされている意味さがし(81)

81 その顛末…=生かされている意味さがし(81)

息子からの手紙を貰った八十七歳の父。内容を熟読しないで琴線に触れる言葉だけを見て、予想通り、二日後の早朝に我が家の玄関の呼び鈴を押してきました。

「おい、俺はこんななのか(こんな風に見られているのか)? まさか息子にこんな屈辱的な手紙を貰うとは思っていなかった。もういい! ここにも来ないし、家に来て貰わなくてもいい。俺の葬式だけは金を残していくからやってくれ! それにしてもがっかりだ!」

と、絶交、御家断絶を申し入れてきたのです。

当方、「ああ、そうですか?!」でコメントなし。ほぼ予想していたので、「まぁ~、こんなもんだ」で何事もなかったように一日がスタートしました。

一週間くらいは、こちらからも電話もかけず、訪問もしませんでした。ところが年末に父の兄、私にすれば伯父が亡くなり、葬式に行かなければならなくなりました。

ここは息子の手を借りないと葬式にも行けない親父です。こちらは、「明日の○○時に新潟(新潟市内)に行くけど……」と連絡し、父親はやむなく息子の手を借り、乗せていってもらうことになったのです。

会話は少ないが、父親は、「お前しか頼れない、ありがとう!」を連発し、怒鳴っていた父親から豹変して「いい爺様」になっていました。

その後も休日に、「ドライブに行くか?」と誘うと二つ返事で、道の駅で買った「濁り酒」を嬉しそうに持ち帰っている普段通りの父親がいます。(笑)

003まぁ、当方も少し反省する部分もあり、「一件落着」を喜んだのであります。

〈松谷範行氏著作:「生かされている意味さがし」より〉

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「父を叱ってしまった!」=生かされている意味さがし(80)

80 父を叱ってしまった!=生かされている意味さがし(80)

お化けのような親父の話の続きです。

今日、来年春(二七年五月)に米寿を迎える実父に手紙を書きました。父親の家は近所で、私も頻繁に会いに行っていますが、相変わらずの一人暮らしをしています。

仏壇も、父親の専用のキッチン・トイレ付の部屋も用意している我が家には住まず、好んで一人暮らしをしています。買い物、食事、洗濯も自分一人でこなしているし、買い物も未だ自家用車を乗り回して市内のスーパーをハシゴしています。

父親の手術については、前ページのとおりですが、昨年発覚した大動脈瘤の手術と、心臓の弁の入れ替えという大手術もなんなくこなし、今も普通の生活をしています。

今回は、昨年まで鉄工所にも勤務していた父親に、思わず手紙を書いて苦言を述べたのです。

戦前、戦後と成人する前から大きな製造業の会社に勤め、六十才の定年まで働き、その後は伯父の会社の工場長として働き、さらに伯父の会社の下請けの会社に昨年まで勤めていたのです。

生粋の職人気質で今もそれが抜けません。私の性格とは正反対です。

手紙を書くこととなった理由は、定年で自由奔放となり、さらに手術で元気になり、年金・蓄財も潤沢なことから、色々問題も起こすのです。それを戒める手紙でもありました。

スーパーの店員さんを捉まえては品物を手に取り、「これは本当に美味いのか?」と聞きます。レストラン(洋食屋)に来て、「この店は漬物も置いてないのか?」と見下した言い方をします。店主の前で、「こんな在郷(いなか)の店にしては、まぁまぁのものを出すなぁ」と評価します。

孫が気を遣って家を訪ねると、「食費がないのか?」と半分本気で半分冗談を平気で言います。休日にドライブに誘わないと文句を言いますが、ドライブに誘って家を訪ねる時間が一分でも遅れると、「俺はもう家で寝てテレビを観てる」とドタキャンします。

なんとも我儘を絵に描いたような父親なのです。年齢も加味して百歩譲って我慢もしますが、昨日は流石に堪忍袋の緒が切れて手紙を書いてしまったのです。

もう少し辛辣な問題もありましたが、ここは父親の名誉のためにも伏すこととしますが、呆れ返らんばかりの日々です。痴呆ではないところがまた厄介な部分でもあります。

しかし、実の子ども(私)から、日頃の生活や生き方をたしなめられるような手紙をもらった父親はどう思うのでしょうか。素直になるか、意固地になるか、はたまた絶縁されるか……。

人生の先輩に対して後輩が物申すというのは、少し出過ぎた感もありますが、人生を振り返っても、生き方を「顧みる」ということがなくなった親には、いい薬かも知れないと思ったりもしています。

私は、遠方にいる子ども達や、近所に嫁いだ娘にも手紙を書くことがあります。父親として面と向かって言えないことは手紙で書くことにしています。

メールでも伝えることはありますが、父親として尊厳を持って伝えるべきは、「書面で!」との信念があり、子ども達に送りつけるのです。

今回のことで、ふと思ったのですが、自分の事を棚に上げて生き方を諭している自分が、いずれ子ども達から、「親父へ!」という自分宛の苦言の手紙を貰うことになった時の気持ちを考えたのです。

003今は、まさか? と思っていても、そのうち社会性が欠如した自分に、子ども達の叱責があるのかと思うと、少々、父親にも悪かったかな、と反省もしているのです。

〈松谷範行氏著作:「生かされている意味さがし」より〉

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「平成の怪人」=生かされている意味さがし(79)

79 平成の怪人=生かされている意味さがし(79)

私の父が大病を患い、手術後の病室で本(私の拙作)を読んでいる姿を想像している! と前作の「あとがき」に書きました。

その後、八十七歳(当時)の父は、「肉体的エリート」と医師に評され、心臓と心臓の脇の大動脈瘤の手術も難なく切り抜け、手術で目が覚めた翌日には食事をし、次の日には立ち上がり、二週間も待たずに退院するという離れ業をやって退けました。

少し耳が遠くなりつつも声は大きく元気で、さらには昔からの職人気質で「べらんめぇ」調ですから周りの親族は何を言っても、やっていても心配です。

少し目を離すと、看護師(女性)の胸に手を伸ばして、「やばい!」と思うと、「あんたの名前は何ていうの?」と名札を鷲摑みにします。あのまま胸でも触ったら「セクハラ爺」で病棟の笑われ者になってしまいそうな病後の回復力でした。

退院してからは、「死ぬかもしれないと思っていた」という心配・呪縛から解放され、手術前以上に蘇生して、車でスーパーマーケット巡り、ドライブなどを始めました。

流石に、午前中(半日)勤務していた会社は辞めさせましたが、「つまらん、つまらん」といって息子に内緒で外出を繰り返しています。

優しくすれば、「俺は財産が無い」と牽制し、放っておくと、「一人で介護施設に入るかな」と脅し、たまに旅行を計画すると当日の朝に、「俺は行かんでいい」とドタキャンをします。

今は、「死んだかあちゃんの分まで生かさせてもらう」と百歳の天寿を自分で決めています。

レストランに行くと知らないものは食べません。ですからメニューが知らないものばかりだと、「俺は要らん」と意固地になり、「何でもいいから食べよう!」と水を向けると、「漬物をくれ」と無いものを注文します。

彼の耳は、自分に都合の悪い話は聞こえません。都合のいい話はささやいていても聞こえるようです。

振込め詐欺に遭うな! というと少し恥ずかしそうに笑います。一~ニ回は経験があるような気配です。「詐欺まがいの訪問や、家のリフォームの営業がきても対応するな!」と言っても、「おれは騙されないから話だけ聞いてやった!」と家の客間に頻繁に上げてしまいます。話し相手を探しているのです。

003 こんな父親にストレスなどあるはずがありません。長生きを否定する材料が見つかりません。

昭和の初めから平成を「自由奔放」に生きている怪人が我が家の爺さんです。

〈松谷範行氏著作:「生かされている意味さがし」より〉

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