落語「松山鏡」より
落語の「松山鏡(まつやまかがみ)」は、まだ鏡が一部上流階級にしかなく、非常に珍しかったころの話です。伊予(現在の愛媛県)の松山に、正助という男がいました。評判の正直者で親孝行というのが殿様の耳に入り、ご褒美をいただくことになりました。しかし、正助は「何もいりませんが、死んだ父つぁまにひと目会わせてくだせえまし」と願いでました。そこで殿様は、当時珍しかった鏡を正助に見せてやりました。鏡など初めて見るわけですから、正助は鏡に映った自分の顔を父親だと思い込み、「ああ懐かしい。おらが笑うと父つぁまも笑い、おらが泣くと父つぁまも泣いてござる」と大感激です。その孝心に感じた殿様は、正助に鏡を与えました。
正助は大喜びで家に帰ると、物置にしている2階にその鏡を隠し、毎日そっと鏡を取り出しては話しかけていました。この正助の様子を怪しんだのは、女房でした。ある日、正助の留守に2階に上がって鏡を発見した女房は、そこに女の顔が映っているのを見て、驚くやら腹が立つやら。「よくも私に隠れて女を隠して……。それもよりによって、こんなまずい顔の女を」と、帰ってきた亭主の胸倉をつかんで大げんかになりました。「何を言う。あれは、おらの父つぁまでねぇか」ともみ合っているところに、村の尼が通りかかり、仲裁をしようと物置に入りました。「心配することはない。女は申訳がないと思ったのだろう。頭を丸めて尼になった」
同じことでも、人によって見方も違えば考え方も違います。自分と同じことを人も思うと決めてかかるとトラブルが生じます。笑いの中に、人間の真の姿を教えてくれる話です。<日本例話大全書より>