今日のことば(25)「賽は投げられた」

◎ 賽は投げられた       

シーザー(ローマの政治家)

紀元前50年、ローマ帝国はポンぺイウスとシーザーの対立に元老院の思惑が絡んで、混乱を極めていた。いまやシーザーは属州ガリア(フランス)の総督として巨大な軍事力と財力を築き上げ、ローマ帝国で最大の富豪・実力者になっていた。これに対抗して、スペインと北アフリカの属州総督であるポンペイウスは元老院の反シーザー派を糾合した。そして、シーザーの政治的失脚を狙って、ガリア総督の任期が終了する前にシーザーのローマ召還をを命じたのである。

紀元前49年1月11日、シーザーはガリアとローマ帝国の境にあるルビコン川のほとりに、わずかな兵を引き連れてたたずんだ。兵を率いてその川を渡ることは、祖国ローマに弓を引くことであった。しかし3日前、自分を支持する者が全員、元老院を追放されたという知らせがもたらされていた。シーザーは最後の断を下した。その時、ギリシャの詩人メナンドロスの「賽を投げよ」という詩句に基づいて「賽は投げられた」と言い、自軍に数倍する兵の終結するローマに向かって、決然とルビコン川を渡ったのである。

事はすでに決した。事ここに至れば、もはや決断するしかないわけである。以来、この言葉は「敢然と行動を開始し、もはや一歩も引けない状況」を指して使われる。シーザーはこの決断のままに、少数とはいえ、長い間ともに戦場に起居してきた兵士らを率いて、疾風のようにローマに進攻した。一方、長く戦陣を離れていたポンペイウスは、戦陣の組み方も知らない多数の兵士を抱えて、敗走せざるをえなかったのである。

1年の間には山もあれば谷もある。新年にあたり飛翔する天馬のごとく飛躍発展する年にするためには、ここ一番の決断が必要な時もあろう。年の初めに噛みしめてみたい言葉である。

今日のことば(25)「昨日の我に飽きたり」

◎ 昨日の我に飽きたり

森川許六(江戸時代の俳人)

 森川許六は名を百仲(ももなか)といい、蕉門十哲のひとり。彦根井伊家の藩士で、俳論に秀で画もうまかったという。この言葉の意味するところは、文字の表現どおりであり、「今日の自分は新たに進歩した自分であり、昨日の自分ではない」というのである。毎日の仕事をとおして、進歩していくことを願い、自分を越えていくことができれば、どんなに素晴らしいことだろう。そうした生き方ができれば、仕事もまた、それにふさわしいものになっていくことであろう。

新年にあたり、心に留めておきたい言葉である。

 

今日のことば(24)「家内喧嘩は貧乏の種蒔」

◎ 家内喧嘩は貧乏の種蒔(たねまき)

一家の者が和合せず、ごたごたが絶えないのは貧乏になる基である。類似の言葉として、家内の不和は貧乏神の定宿。夫婦喧嘩は貧乏の種まき。などもあるが、金持ち喧嘩せずの言葉もあるように、喧嘩と貧乏神は繋がっているのかもしれない。年の瀬を迎え、1年を振り返りながら、かみしめる言葉の1つかもしれない。

今日のことば(23)「自分で薪を割れ、二重に温まる」

◎ 自分で薪を割れ、二重に温まる

ヘンリー・フォード(フォード自動車創業者)

アメリカのフォード自動車を創業したヘンリー・フォードは近代的な組み立てラインの採用と、大量生産方式の導入によって、T型フォード車を発売し、一躍 “自動車王” と称えられた。新大陸アメリカは自由の気風があふれ、資本主義社会の発展期にあったために、前途は洋々と開けていた。16歳で機械工として働き出したフォードであったが、勤勉と創意工夫によって大企業の基礎を固めるだけの財を築くことができたのである。

功成った後、フォードは自筆のこの言葉を応接間に掲げ、「これが私の健康法です。」と、来客に示したという。自分で薪を割れば、肉体を鍛えると同時に体も温まる。また、割った薪を燃やせば部屋も暖まる。薪割りは一石二鳥にも三鳥にもなるというのである。

寒くなりました。どなた様もご自愛ください。

今日のことば(22)「袖振り合うも・・・」

「袖振り合うも、他生の縁」 (日本の諺)

道を行くとき、見知らぬ人と袖が触れ合うほどのことでも、前世からの因縁による、ということである。誰もが「因縁」を大事にしなければならない、と教えている。