「テレビ番組に支配されない!」=生かされている意味さがし(86)

86 テレビ番組に支配されない!=生かされている意味さがし(86)

私の机の上に「笑点」メンバーの家紋の入った湯呑茶碗があります。コースターも「笑点」の座布団を模したものです。仕事の中でのホッとするスポットであり、絵画のように時折鑑賞するようなものでもあります。

年月は速い、と何度も書いていますが、毎週日曜日が始まりだとすると、「笑点」を見て、「奇跡の地球物語」を見て、翌日からの仕事に備えます。

「人生の楽園」や「笑福亭鶴瓶の家族に乾杯」などお決まりのテレビ観賞が一週間の曜日と速さを教えてくれます。

他愛もない笑いと涙を繰り返し、自分に重ねあわせ、あるいは振り返って幸せを実感し、春夏秋冬の日々を過ごしています。

余計なお世話なのですが、歌丸さん体調はどうなんだろう? 第二の人生で南の国を選んだテレビの中の夫婦は、実家や墓をどう処理するんだろう?

「なんでも鑑定団」で紙屑同然と評価された骨董好きのオヤジさんは家でどんな罵声に遭うのだろう?……と、いろいろな心配をしますが、それも身近なことではないので肩の力を抜いて思いを巡らせることができます。

テレビの観賞が疲れるようになってきたのも感じています。正月番組から始まり、バラエティ番組で出演者が視聴者を気にしないで自分達だけで楽しんだり、騒いだりしている姿をだんだん敬遠するようになってきました。

番組の意図するところやコンセプトが分からないのです。当たり前ですよね。そんなこと考えてバラエティ番組なんて作っていませんよね。だから、なぜか、歳をとると「日本放送協会」の番組がスッと心に溶けて入って来るようになったりします。

「NHK放送受信料」に抵抗を感じていた自分が、「まぁ時々観ているから払っといてもいいかぁ」という気持ちになったりします。(笑) これは凄いパラダイムシフト?!ですよ。

もともと、テレビは観ない方でした。というより子どもの頃はテレビを観られる時間が決まっていましたし、一家に一台環境でしたから、「自分の好きな番組を選択できる」という権利と確率は少なかったのです。

ですから、観なくても良い(平気な)生活習慣が生まれていました。意外と思われますが、本棚にある童話を何度も繰り返して読んでいました。

ある時、「11(イレブン)pm」という番組がある! と同級生に言われて目をこすりながらチャンネルを合わせたら、「かたせ梨乃」の豊満ボディに悩殺されるものの、睡魔との天秤では視聴も長続きしなかったという時代もありました。

003 ある意味、集中力がないんですね。テレビは「生活の一つのアイテム」として今後も我が家にそっと佇んでいると思います。テレビが家庭を支配しないように心掛けています。

〈松谷範行氏著作:「生かされている意味さがし」より〉

この記事はブログ管理者からの無理な申し出を、筆者から受け入れて頂き掲載しているものです。

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