「童謡から教えられるもの」=生かされている意味さがし(64)

64 童謡から教えられるもの=生かされている意味さがし(64)

古くからの言い伝えや民話、童謡などは、先人の知恵、教訓、戒め、不摂生な生き方への警告も含まれているものが多いと思っています。

童謡は歌い継がれ、小さな子ども達の遊びの中にも溶け込んでいますが、中には意味が不可解なものも多いですね。

「通りゃんせ」や「かごめかごめ」は何気なく歌われていますが、怖い内容という諸説もあって、神様や霊体などの姿も歌詞の中に込められているとも言われています。

以前、地元の町民が氏子となって守り継いでいる神社の塀が震災で崩れてしまいました。町内では復興支援の補助金と希望者(というよりお願いされて)を募って、その寄付金で塀を再興しました。私も少しお金を払って名前入りの石柱を立てさせて頂きました。

当然、愛着はあるし、ちょうどその頃、身内の病気もあって事あるごとに神社にお参りにいき柏手を打ち、願をかけていました。

ところが、「そう頻繁にいくのは良くない。行くなら月の始めの午前中で良い」と言われました。仏様も神様も回数が多ければ喜んでもらえるし、ご利益もあると思っていたのですが、少し話が違っていました。

そのとき童謡の話を教えて頂いた方から言われました。

「『行(いき)はよいよい、帰りはこわい……』の意味は、『お参りするときは何もなく境内に入れるけど、出るときに神様が留めている(封印している?!)悪い霊も家に連れてきてしまう』神様のいる場所にやみくもに行くものではない。だから『こわい』のだ」と。

前述のように、諸説があり、何が本当か分からないのですが、何でもかんでも神頼みは駄目よ!っていうことなのでしょうか。

先人の言い伝えは、このような話から、「食べ合わせてはいけないもの」までいろいろありますが、経験知からの話も多く、あながち、「根拠や論拠のない」「非科学的な話」というふうに片付けられないものもあると思うのです。

003私達が負担に思わなければ、言い伝えは実践しないより、しておいた方が良いと思うことにしています。

でも「都市伝説」は別ですよ!

〈松谷範行氏著作:「生かされている意味さがし」より〉

この記事はブログ管理者からの無理な申し出を、筆者から受け入れて頂き掲載しているものです。

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