自動車の歴史その3

自動車の量産化、普及へ(1900~)

1900年代初頭は、蒸気自動車がまだ主流であった。
そんな中、フランスのド・ディオン・ブートンは、1900年の1月から翌年の4月にかけて1500台のガソリン自動車を販売。
ガソリン自動車の生産・販売で世界をリードしたのは、フランスだった。

その後すぐ、アメリカが自動車産業界で圧倒的な存在感を示すようになる。
ヨーロッパでは貴族の趣味としてスタートした自動車だが、広大な国土を持つアメリカでは広く大衆が馬車に代わる移動手段を求めた。
1901年に登場したオールズモビル・カーブドダッシュは、同年に425台、翌年には2500台が製造され、アメリカ初の量産車となった。

自動車大衆化の象徴が、1908年に登場したT型フォードである。
アイルランド移民2世のアメリカ人のヘンリー・フォードが1903年にフォード・モーターを設立、“大衆のためにクルマをつくる”ことを志し、開発されたクルマである。
簡素な構造で、運転も容易なこのクルマは、初年度に1万台が製造された。
1913年には史上初のコンベヤラインが完成し、一日に1000台が生産されることになる。
生産が終了した1927年までに、総生産台数は1500万7033台に達した。

自動車の大衆化の一助となったことがある。
それは、1912年キャデラックに初めて採用されたセルフ・スターターの発明である。
今では、エンジンスタートボタンを押しさえすれば簡単にエンジンはかかるが、昔は重いクランクハンドルを力いっぱいに回さなければならなず、女性や老人ではエンジン始動が難しかった。
男性が操作してもハンドルが逆回転してしまうこともあり、これがもとで腕の骨折や、死亡してしまう事例もあったほどである。

自動車の大衆化が進むとともに、さまざまな高級車も出現した。
1906年、イギリスのロールス・ロイス・シルバーゴーストは50馬力の6気筒エンジンを搭載し、静粛性とスムーズさで世界的な名声を確立した。
ほかにもヨーロッパのブガッティやイスパノ・スイザ、アメリカのキャデラックやデューセンバーグなどの 極めて高価な高級車が登場し、貴族や富豪が競って手に入れた。

また、スピードへの憧れは、自動車をレースへと導いていった。
1906年にはフランスで第1回ACFグランプリが開催された。
この時点では蒸気自動車のほうが速く、ちょうどこの年、速度記録に挑戦したスタンレースチーマーが205.4km/hを出している。
ガソリン自動車が200km/hの壁を超えるのは、その3年後だ。
1907年にはイギリスに世界初の常設サーキット、ブルックランズが完成する。
レースで競い合うことにより、自動車は飛躍的に性能を高めていくことになる。
アメリカでは、1911年にインディ500マイルレースが初めて開催された。
1923年にフランスでルマン24時間レースが始まり、1929年にモナコ・グランプリの第1回大会があった。
レースは自動車メーカーが国家の名誉をかけてコンペティションを繰り広げる場となり、ベントレー、アルファ・ロメオ、メルセデス・ベンツなどが名勝負を繰り広げた。
イソッタ・フラスキーニ、トーマスフライヤー、スタッツ・ベアキャットなどのスポーツカーも出現した。

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