手習い・目習い・耳習い - その2

前回、基礎をしっかり学ぶという点で、3つの習いのうち「手習い」までを述べた。あらゆる習い事の世界で、この「手習い」が最も基本的な訓練の方法であろう。それが進んでくると「目習い」の階段に進むことになる。

 

1 目習い 

これは観賞眼を高めることであるそうな。書道の先生が弟子達に話す言葉の中に「目が開いてきたな」という一言がある。「目が肥える。良いか悪いか判る」というのがこれに当たる。

 

2 目が開くということ 

目が開くための訓練はなんと言っても、多くの作品を観ることである。その見方もただボー然と観ていたのではダメであり、学び取る意識で観なければ効果はない。例えばこのような弟子同士の話を聞いたことがある。先輩と後輩の2人が、ある作品を観ながら・・・、

先輩:「お前、何を見ている?」

後輩:「ハイ、文字を見ています。」

先輩:「あっそう。僕は白を見ている。」

後輩:「白を???」

先輩:「文字の書いてない、空白を観ている。」「そうすると文字の墨が浮き出てきて全体が観える。」

と言うのである。なるほど石の上にも3年か?やはり先輩である。

そういえば作品審査の時、先生は時々このようなことを仰る。「目が一番疲れる」と。ところが、同じように同じ作品を同じ数だけ観ていても、弟子達の目が疲れている様子は全くない。なかなかどうして、目習いも奥が深い。

 

3 耳習い 

これは人の話を聞くことに尽きる。先生の話、先輩の話、仲間の話等々・・・、を真剣に聞くことである。広い意味では本を読むこともこの部類に属すといえよう。要は先達の方法・体験・実績に学ぶことと理解した。

これから深まる秋の夜長、手習い・目習い・耳習いを心に据えながら、さて「技」を目指すか?「芸」を目指すか?

灯火親しむ秋である。よき書に学びながら、ひとり「道」を追い求めるのも秋が一番似合っているように思うが・・・?

これでこの項を終わります。ご愛読有難うございました。

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