新潟産業大学学長に就任した元筑波大学長 北原保雄氏

全国の4年制私立大学の約4割が赤字を意味する支出超過に陥っている中、新潟産業大学(柏崎市軽井川)の学長に就任したばかりの北原保雄氏(77)に、同大学が抱える経営上の問題点や、改善策などについてお聞きした。

我が故郷の“火中の栗”

北原氏が同大学長に就任することが報じられたとき、中央の出版界からは一斉に失望と異論の声が上がったという。日本の国語学、言語学の第一人者であり、言葉を扱った著書『問題な日本語』が70万部を超えるベストセラーで「日本語ブーム」の火付け役となった北原氏への期待の大きさを窺がわせるものだった。タイトル6

経営難が指摘されている地方の小規模私立大学の学長に就任するなど“火中の栗を拾うようなもの、今一度、考え直してほしい”といった不躾な声もあったようだ。

北原保雄氏は、柏崎市出身。1960年東京教育大学(現・筑波大学)卒業。和光大学助教授を振り出しに、筑波大学教授、同学長を歴任。独立行政法人日本学生支援機構理事長、文化審議会委員(国語分科会会長)。多くの国語・古語辞典を編纂、言葉を扱った多数の著書を上梓、テレビのクイズ番組やゲームなども監修し、若者からも人気を集めている。2012年春、瑞宝重光章叙勲。

「私の去就をめぐって異論反論あったことは知っています(笑)。特に、これまでお世話になった中央の編集者からは“もっと日本語の本を書いてほしいのに、一体、どういうつもりなのか、早々と戦線離脱ではないですか”とまで言われました(笑)。学長という大役を引き受けた動機の一つに、産大が立地する軽井川という地域への私なりの愛着がありました。里山に囲まれた軽井川は、子どもの頃からの縄張り、生まれ育った故郷なのです。4年ほど前、広川俊男学長(現理事長)から新学長への要請があり、そのときはお断りしたのですが、その後も何度か上京してこられ、その熱意に根負けしたといいますか、それでも果たして、大役を引き受けるだけの気力、体力が残っているだろうかと自問自答しながら、考えに考え抜いた末に、ようやく決心しました。そのとき“あなたの故里に最後のご奉公をしたら”と背中を押してくれた愚妻の一言も、心強い支援になりました」

北原氏が学長就任の要請を受けた4年前、すでに入学志願者の減少など、懸念されていた問題が徐々に表面化しはじめたころだった。…続きは本誌にて

財界にいがた

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