「途中(経過)を味わう!」=生かされている意味さがし(60)

60 途中(経過)を味わう!=生かされている意味さがし(60)

何事も、最初のキッカケや結論がクローズアップされて、その途中の出来事や展開が抜けたり省略されたりします。

仕事や、生活ではなく、季節の移ろいにもそんなところがあって、「桜が咲いた」「夏の海水浴が始まった」「紅葉がきれい」「スキーシーズン到来」と話題になっても、その間のゆっくりとした「春・夏・秋・冬の狭間」、この「・(ドット)」を感じ取ることはなかなかありません。

人生を振り返ったり、与えられた命をしみじみ考えたりすると、その経過や途中のストーリーをも味わう余裕がでてくるものです。

雪から顔を覗かせるフキノトウや、まだまだ頭上ではなく山の稜線の上に低く軌道を描く太陽の光に、朝露を身にまとう土筆(つくし)、五月晴れから梅雨に向かう家の中の笹(新潟名産の笹団子)の匂い、その梅雨明けから初夏の日差しに繋ぐ最初の蝉の声、初秋いや晩夏も忘れて群れをなす赤とんぼに山間(やまあい)の高速道路の斜面を埋め尽くすススキの絨毯。

紅葉の前に緑葉がくすみ始めて冬の準備をする木々たち……。こういう、季節の感じ方を若い頃は出来ませんでした。「しなかった!」という方が正解なのかもしれません。

今日も肌着で感じていました。ボクサーパンツから薄手のトランクスになり、下着も半袖からランニングシャツになった。

そういえば髭剃りも洗面所の蛇口から少し時間の掛かる温水を待つこともなくなった。この、今の思いや時間を経て、「春を、桜を味わおう!」と思うのです。

最近、若い世代の就職直後の離職が多いと聞きます。「こんなはずではなかった」「辛い、厳しい」と言い訳はあるのでしょうが、今の自分から将来の自分(結果)を想像できないのでしょうか。

今が、過程であり途中なのだという意識があれば耐えられるし、また味わうこともできると思うのです。現代社会は若者が簡単に「起業」ができます。OA・IT関連で二十~三十代の社員で構成されている会社は象徴的でもあります。

血の滲むような努力もあったのでしょうが、その途中や経過が極端に短いことが多いのです。悪く言えば「経験値」という言葉が会社の中で醸成されていないことになります。

数年で結果がでることが悪いのではないのです。長い間の経過があって、変遷を経て会社が盤石になったり、自身が仕事に結果を出して成長したり、役付きになったりしていく。

……という過程もまた大切であり、そこを見ている人達もいるということを知って欲しいのです。

003 今、新潟の桜は蕾。関東以南の満開の桜はもう散り始めています。私はこれからその過程を味わうことが出来ます。少し幸せを感じています。

「人生は想像力の膨らみで流れている」

〈松谷範行氏著作:「生かされている意味さがし」より〉

この記事はブログ管理者からの無理な申し出を、筆者から受け入れて頂き掲載しているものです。

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