「穏やかな人間になろう」=生かされている意味さがし(50)

50 穏やかな人間になろう=生かされている意味さがし(50)

「イライラした後に、そのイライラ度を考えるのだ」と、どこかで聞いたことがあります。

怒ったあとにその度合いを考えるのも同じ。MAXを十として、今のイライラ度は三なのか、八なのかとよく考えます。そうするとイライラしたり怒っていたことが、大したことではない、自分自身がこんなことで……、と考えてしまうというのです。

いわゆるクールダウンの一つの方法でもあります。イライラするならともかく、その矛先を妻に向けて、朝の出勤までの時間を台無しにしてしまったときは、この度数評価とともに、猛省もすることとなります。天に唾をしたような状況ですね。(笑)

旧約聖書の「目には目を、歯には歯を」の言葉の本質は、「復讐や報復をしてはならない」という意味なのだそうですが、松谷的解釈は、

「叩かれたときは、その痛みを知って相手を叩く、……としたら、その力には『加減』というクールダウンが作用する。倍返しのような心持ちでは人として失格です」って感じなのでしょうか。

たしか、アントニオ猪木の気合のビンタも、「人の痛みを分からせる意味がある」と言っていたような……。でも痛そう……。

とにかくイライラしたら、度数を考えることにしましょう。

もうひとつ、交通渋滞のイライラ。これも最近は完全にはなくなりませんが、我慢ができるようになりました。

順調に行っていたらこの先で事故に遭っていたかも?! と思ったり、サービスエリアで偶然美味しい物を見つけるための必然の渋滞……、と考えるようにしています。でも「おしっこ」は我慢できない! イライラを超えてしまいます。

社内での仕事のミスや、トラブルもあります。

当事者を呼んで厳重注意をしなければならない時もあります。

003本当に叱らなければわからない人には、きちっと強めに指導をしますが、普段の仕事ぶりや、既に本人が想像以上に猛省している時は、「きつく叱ったことにしておくから!」と、穏やかに伝えることもあります。そのことでさらに反省をする人もいます。

ことさら厳しい口調で言うよりも、穏やかに諭すほうが相手の心を打つこともあるのです。

〈松谷範行氏著作:「生かされている意味さがし」より〉

この記事はブログ管理者からの無理な申し出を、筆者から受け入れて頂き掲載しているものです。

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