「百年の大計」=生かされている意味さがし(63)

63 百年の大計=生かされている意味さがし(63)

「染井吉野」と書かれるとピンとこないと思いますが、春の花といえば「ソメイヨシノ」と答える人も多いでしょうし、日本古来の「桜」の象徴でもあります。

……と、思っていますが、どうやらこの品種は明治中期に人工的に造られた品種で、百年くらいしか経っていないらしいのです。桜の開花予想のシンボルでもありますが、いまだ、「愛(め)で褒められて」百年くらいの期間でしかないのです。

今まさに「名実」が付いてきた、実ってきたということなのでしょうか。

ところが、この品種、種で増えていくのではなく、すべて「接ぎ木」で増えるという「クローン品種なのです。交配が出来ない可哀想な花なのです。

ここを考えれば、美しくも儚く(はかなく)、子孫繁栄の術も知らない「ソメイヨシノ」に比べると、「太く、強く、無神経で『交配』もなんのその」という人間はなんと素晴らしい生き物なのだろうと思ってしまいます。

娑婆では「擬似交配」を業とするつわものもいます。ただ子孫繁栄は果たせても極々一部の健康な人達以外「百年の寿命」は神様から頂いてはいないわけです。人間が百年間「意志」を持ち続けるとしたら……。

「伝承」「家督」「先祖伝来」とか、一世紀を生きられない人間は、意思を継続するために積み重ねたり、工夫したりする習性や本能を持っています。いわば「意思の接ぎ木」が体系化できているのです。

003 孫子が末永く「桜を愛でる」ことが出来るように私自身も日々の研鑽を怠らないようにしたいと考えています。

〈松谷範行氏著作:「生かされている意味さがし」より〉

この記事はブログ管理者からの無理な申し出を、筆者から受け入れて頂き掲載しているものです。

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