「生活のリズム」=生かされている意味さがし(94)

94 生活のリズム=生かされている意味さがし(94)

五十歳までバリバリの保育士だった妻が、何故かここ数年衆議院議員や県議会議員選挙が始まると候補者事務所の応援に駆り出されています。

別にウグイス嬢をやっているわけではありませんよ。だって、保育士を辞めた(辞めさせた)理由が、「声がしゃがれてて、歌が唄えない、ピアノが弾けない、(歳で)踊れない…」でしたから。

いやいや本人は、「大切な未来の子ども達に対して(こんな)自分が保育をしていく責任と自信がない!」という立派な理由を述べていますが。(笑)

話を戻して、地元のある政党の支部長が幼なじみで、「人がいないから電話番に来てくれ!」がきっかけで、結果、名簿づくりや他の支部との調整、選挙が始まると事務所に来られる方の対応などをしているのです。

歳をとってパソコンなど勉強しなくても、と思いながら本人が希望して通っていたOA教室の成果がここで花開くこととなったのです。これも、「こうなるようになっていた!」と思えるような行動だったのです。

さて、選挙戦が始まって街宣車が戻ってくるのは八時過ぎ、そこから夕飯やお茶の用意をして片付けをして帰宅するのが十時を過ぎます。そこからウグイス嬢の手袋やバスタオル(街宣車は窓を開けっ放しなので雨の日も寒い日もタオルが必要らしいのです)を洗濯します。

翌日の朝には、乾いた洗濯物を街宣車が出発する前に用意する必要があるからです。就寝は十二時を過ぎているかも知れません。朝の五時前に起きて六時前には家を出て選対本部に向かいます。

ここで問題なのは私本人。基本九時間睡眠をとらないと体調管理が出来ない自分としては、夜中にトイレに起きたとき、脇にいる妻の寝顔を見るだけで「動いている妻」を確認することはありません。ほぼ事実上、別居状態の期間が続きます。

元来、料理は得意なので食に関して不自由は特段感じないのですが、妻がいないと夕食を作る意欲も湧かず、食べる気力も無くなります。

朝は食事を抜くか、コンビニのパンを一個。夕飯は出来合わせの食べ物を買ってきて「瓶ビール」を飲まずに「缶ビール」で簡単に済ませてしまいます。

一緒に食べるから美味しいし、美味しいものを食べさせたいから料理をつくる!ということが選挙戦の間に判るのです。

仕事で疲れて帰ってきて、縁側のカーテンを閉め、回覧板を隣のお宅に届け、浴槽の水抜き栓を戻して入浴の準備をします。単身生活の方は何の苦もないと思いますが、長年夫婦でやってきた作業分担がその間大きく変化してしまいます。

生活のリズムが完全に乱れてしまうのですから、当然、このことが仕事に影響しないはずはありません。どうもいつもより脳に行く血流が不足がちに感じてしまいます。バランスの取れた食事ときちっとした生活のリズムが、健康で元気に仕事ができる秘訣だと思い知らされるのです。

昔、夏休みの過ごし方で、まず円グラフを作って「起床」「体操」「食事」「家の手伝い」「宿題」…と書きつつ、「この通りできるわけがない!」と色鉛筆で塗りながらぼやいていた私は、やっと生活のリズムの大切さが分かったのです。小学校六年生の担任、故竹田先生「ありがとう」って。

とにかく、選挙が終われば夫婦としての元の生活が待っています。

003でも、それは当選した場合で、落選すると関係者はその落込みからの回復に時間がかかるそうです。ですから、夫としては「必勝! 当選」を祈念しているのです。(笑)

〈松谷範行氏著作:「生かされている意味さがし」より〉

この記事はブログ管理者からの無理な申し出を、筆者から受け入れて頂き掲載しているものです。

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