「旅立ち」=生かされている意味さがし(57)

57 旅立ち=生かされている意味さがし(57)

卒業シーズン。「さよならは別れの言葉じゃなくて、再び会うまでの遠い約束……」っていう歌がありました。

満開の桜の木の下で、いや、まだ雪解けを待つ山の景色を背中にして、校門からそれぞれの道を歩み始める若者の背に、これから襲い掛かる「前途多難な社会の波」を無事乗り切れるよう、祈り願うのは私だけではないでしょう。

そして彼らは新たな出会いに感動し、裏切られ、落胆し、人生の挫折も味わい、人々に翻弄され、でも、また立ち上がることになるのです。

そして、永い時間の果てに、懐かしさを感じ、微笑みながら校門の桜吹雪のなかに制服姿の子や孫を送る立場になったとき、この歌詞を思い出すのかもしれません。そう、「再び会うまでの遠い約束」は実はこの「桜の木」と交わしたのだと……。

高校受験に失敗した私は、春の受験、卒業、入学シーズンには特別な感慨があります。

受験に失敗したとき、親の愛情も消え失せたと自分で思い込んでしまいました。大好きな女(ひと)からも嫌われて、彼女とは一生会うこともないだろう、とも考えました。入学式、「行きたくなかった高校」の制服を隠すように歩いていました。

通学も中学校の同級生と反対方向の道を隠れるように通っていました。高校一年生と二年生の在学時、先輩の卒業式は学校側の指示で出席できませんでした。「学校の犬」「影の番長」と言われ、上級生の仕返しを学校側が心配してのことでした。

推薦が内定していた大学も、親が勝手に手続きをしてしまった地元の職場に押し潰され、都会への夢も立ち消えとなってしまいました。

でも、春は、辛くても、泣きたいことがあっても、すべてを投げ出したくなっても必ず前に「道」を用意していてくれています。

そこは、貴方にとって神様が用意してくれた「道」。その道は山谷や苦境、難関が待ち構えているのだけれど、それも神様が用意した試練。生まれて必ず乗り越えなければならない前世からの宿題なのです。

003そしてゴールもちゃんと用意されていて、満開の桜が「お帰りなさい!」と迎えてくれるはずです。

……という気持ちで今日も頑張らなきゃ!!

〈松谷範行氏著作:「生かされている意味さがし」より〉

この記事はブログ管理者からの無理な申し出を、筆者から受け入れて頂き掲載しているものです。

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