「就労の変容が社会を変える」=生かされている意味さがし(43)

43 就労の変容が社会を変える=生かされている意味さがし(43)

新年度に入った直後に、東京にいる娘から「係長昇格」のメールが届きました。現在二十九歳。今年の秋に三十歳になります。

かなりきつい営業の職場で、帰省してきても会社支給の携帯は夜昼問わず鳴っています。日常の勤務も深夜に及ぶことが多いようです。

終身雇用、会社従属、奉職という理念を子ども達に伝えていたので、「どんなに厳しい職場でもそこを乗り越えて勤め上げろ!」と言っていたものの、「会社を辞めて地元に帰って来たらどうか?!」と具申するのは、当の自分であります。不憫な思いをさせたくない親の気持ちでもあるのですが……。

周りの新卒も一年もしないうちから、「予想と違っていた」と言い訳をしながら辞めていきますが、我が子ども達がひたむきに仕事を続けている姿は自慢でもありますし、また頭が下がる思いがします。

自分の会社に目をやると、六十歳で定年しながらも、会社の都合で助っ人として頑張っていたAさんが、人員の増強で役割が終えて退任するとき、「自分は会社に勤めさせてもらっている! という気持ちで働いてきた」と挨拶をされていました。

昭和の時代を生きた人達には、こういう哲学というか考え方を持っている人も少なくないはずです。謙虚さと会社への忠誠心と、責任感に満ち溢れた言葉で「人柄」も伝わってきます。

その就業に関連してですが、「ニート」とか「フリーター」という言葉がマスコミに取り上げられなくなって久しいのですが、ニート(若者無業者)に限って言えばその数は全国で七十万人近くに及ぶとのことです。

仕事がないのか、仕事に就こうとしないのか、状況は様々でしょうが、生活の糧を得ることが出来ないのです。働きざかりの二十~三十代の若者が……です。

一方、高齢者は益々元気になって、六十~七十歳でも現役で働いている人も多くなってきました。六十歳定年後の再雇用制度も充実してきています。年寄りが働いて、若者が自宅で隠居している。なんだかおかしな話ですね。

少し前までは、「お爺ちゃんの年金をあてにしている」という家庭もありましたが、今や成人が、「お爺ちゃんの扶養に入っている」という時代になってきてしまいました。

社会の秩序とまではいきませんが、世間一般の人達のこういった人生の変容は次の世紀に良い影響を及ぼすはずがない! と確信できるような気がしています。

否定はしませんが、疑問視し続けている「男女共同参画」も「同性婚」※も、その次に起こる社会の歪の部分の拡大が懸念されてなりません。

フランスの多くの子どもが現在の夫婦の実子ではない! という話も、日本には関係のない話ではないと思っています。

003 夫婦が健全に働き、その子どもを育て、その子どもが健全に育ち社会人となり仕事に取組み老後の親を見守る。それが「人としての生き方」と思っている私の考えは間違いなのでしょうか。

※双方とも否定している訳ではなくアプローチの仕方が違っているのではないか?という意味です。著者の「明日を向いて故郷を信じて」にも記載しています。

〈松谷範行氏著作:「生かされている意味さがし」より〉

この記事はブログ管理者からの無理な申し出を、筆者から受け入れて頂き掲載しているものです。

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