「公人のつぶやきⅡ」=生かされている意味さがし(54)

54 公人のつぶやきⅡ=生かされている意味さがし(54)

「ほぼ間違いなくそうだろう!」「みんな誰もが本心ではそう思っているはず!」ということを不用意に公人が発言すると、政界からもマスコミからも非難を浴びてしまって全ての地位や権力を失うことになりかねません。

沖縄問題でマスコミや県民を批判した百○さんも、県民や新聞社からの反撃にあってしまいました。

これは、前回出版した拙著にも書いてありますが、公人は「呟いて」も「ささやいて」も公言となります。

そこを忘れてか、あるいは発言の一部を切り取られて意図しない言質となってしまいます。その人本来の考え方を歪曲されて世間に伝わってしまうのです。

私は、今の世論やものの考え方にどうしても疑問を持ってしまいます。

「本音」と「建前」……。本来、他人(ひと)に伝えるべきは本当の自分の気持ちということになります。上辺や、周りの状況に呼応して、その場面や自分の保身などで、本来の気持ちではない「あるべき論」の発言を「建前」の発言といいます。

その中間にあるのが、「相手を思いやる言葉」だと思っています。

誰もが、物事の善悪や、本質を見極めるときに「建前」の言葉を求めることはありません。「本音を聞かせてくれ!」というのが普通でしょう。

ところが、「本音」を言われると途端に自身の琴線に触れたがごとく、烈火したかのように感情的に相手を攻め立てるのです。

与党の重鎮が言葉を慎重に選んで発言します。その奥にある言葉を想像しながらテレビを観ているのも難儀なものです。

だって、「馬鹿野郎! てめぇなんかカエルに踏まれて死んじまえッ!」って思っていても、「誠に遺憾であります」ってね。

003せめてウィットに富んでいたら、「誠に私はヤカン(状態)であります」くらい言って欲しいなぁ~。

〈松谷範行氏著作:「生かされている意味さがし」より〉

この記事はブログ管理者からの無理な申し出を、筆者から受け入れて頂き掲載しているものです。

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