「その顛末…」=生かされている意味さがし(81)

81 その顛末…=生かされている意味さがし(81)

息子からの手紙を貰った八十七歳の父。内容を熟読しないで琴線に触れる言葉だけを見て、予想通り、二日後の早朝に我が家の玄関の呼び鈴を押してきました。

「おい、俺はこんななのか(こんな風に見られているのか)? まさか息子にこんな屈辱的な手紙を貰うとは思っていなかった。もういい! ここにも来ないし、家に来て貰わなくてもいい。俺の葬式だけは金を残していくからやってくれ! それにしてもがっかりだ!」

と、絶交、御家断絶を申し入れてきたのです。

当方、「ああ、そうですか?!」でコメントなし。ほぼ予想していたので、「まぁ~、こんなもんだ」で何事もなかったように一日がスタートしました。

一週間くらいは、こちらからも電話もかけず、訪問もしませんでした。ところが年末に父の兄、私にすれば伯父が亡くなり、葬式に行かなければならなくなりました。

ここは息子の手を借りないと葬式にも行けない親父です。こちらは、「明日の○○時に新潟(新潟市内)に行くけど……」と連絡し、父親はやむなく息子の手を借り、乗せていってもらうことになったのです。

会話は少ないが、父親は、「お前しか頼れない、ありがとう!」を連発し、怒鳴っていた父親から豹変して「いい爺様」になっていました。

その後も休日に、「ドライブに行くか?」と誘うと二つ返事で、道の駅で買った「濁り酒」を嬉しそうに持ち帰っている普段通りの父親がいます。(笑)

003まぁ、当方も少し反省する部分もあり、「一件落着」を喜んだのであります。

〈松谷範行氏著作:「生かされている意味さがし」より〉

この記事はブログ管理者からの無理な申し出を、筆者から受け入れて頂き掲載しているものです。

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