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「第五次総合計画と財政運営について」=一般質問の内容(5)=柏崎市議会6月定例会の中より

◎柏崎市議会6月定例会議の一般質問の中より、荒城彦一議員の質問内容を紹介している。今回はその5項目めである。

(5)第五次総合計画と財政運営について

これから10年の柏崎市のまちづくりと、市政運営を計画した第五次総合計画が作成され動き始めていますが、これの実現の裏付けとなる財政計画とその運営について伺いたいと思います。

第五次総合計画では基本計画として、6項目を挙げて「力強く、心地よいまちづくり」を目指しています。ところが、これら計画も財政の裏付けがあって初めて実現可能であることは、申し上げるまでもありません。つまり「予算付け」と「財政運営」が勘所となると思います。

そこで今回は以下の2点について質問いたします。

①予算にメリハリをつけること。

②縮小予算より増額予算を。という2点であります。

まず第1点の「予算にメリハリをつけること」についてであります。

平成29年度当初予算の編成にあたり、各担当課から出された要求額は総額40億円を上回っていたと聞いています。

当然のことながら、1を削り2を削り、3~4をやり繰りしながら、部長査定、市長査定を経て485億円の当初予算額になった、ということだと思います。

その一方で、「新規事業や重点政策」に対する予算配分も必要になる訳ですが、「財政に詳しい人」にお聞きしますと、全体予算の中から、その為(新規事業や重点政策)に「予算を寄せる(割く、工面する)」としますと、「2% が限界で3%は 無理だ」ということであります。

これを平成29年度当初予算案の一般会計財政規模で見ますと、485億円の2% は9億7千万円になります。この金額は平成29年度商工費の減額分(9億7千万円)と、ほぼ同じ金額であります。

勿論、9億7千万円は決して小さな金額ではありませんが、柏崎市を元気にし、力強く牽引するには「少ない」という気がします。

そこで市長にお伺いします。柏崎市の予算規模からみて、「メリハリ金額」はどのくらい必要しょうか? 感覚的なところでも結構ですがお答えいただきたいと思います。因みに私は、せめて「5% 約25億円は欲しい」というところですが、如何でしょうか?

次に、「縮小予算より増額予算を・・・」ということについてであります。

私の乏しい人生経験の中からの話で恐縮ですが、私共の社会というものは、少しずつでも「成長し発展する」ことが摂理(万象を支配する法則)のようであります。これは社会体制(ex資本主義や社会主義)の在り方を問わず共通であると思います。この事ことを、ある高名な経営コンサルタントの先生は「生成発展が天地自然の理」だと明言していました。

それでは、これを自治体経営に当てはめてみますと、市民生活が向上し都市が発展するということは、着実な財政規模の拡大という形で表れてくると思いますが如何でしょうか?

その逆の場合は、つまり財政が縮小するということは、都市力が後退し市民福祉が減退しているということになるのではないでしょうか?

この考え方(理屈)につきまして、市長のご存念をお伺いいたします。

繰り返しますが、柏崎市の平成29年度一般会計予算の485億円は対前年比で3.6% の減額予算であります。また第五次総合計画では5年後(平成33年度)の財政見通しは歳入合計金額として432億円を掲げています。平成29年度対比で11% 53億円の減額であります。この数字を見ていますと、柏崎市の予算編成の方向は、財政の健全化の方向により強く「意識と力が働いて」いて、成長・発展への力の配分が少し弱いように感じるのですが、如何でしょうか?

私は1年毎の予算が増えたからいい、減ったからダメと言っているのではありません。少し長期のスパンで見て確実に前進し、成長・発展を続けることが必要で、大事なことではないかと言いたいのであります。

5年後(H33年)の予算規模が11% 53億円減少するという見通しも、合併特例債の算定替えの段階的縮減や、固定資産税の漸減、有利な市債活用の減少などがあるようです。つまり、財政見通しが厳しいということでありましょうが、そうであっても、これからの人口減少を踏まえたうえで、「市民一人当たり予算配分額は増加している」ということが大切になってくるのではないでしょうか。

以上

政治

「憲法改正への動きと、柏崎市と市民生活への影響について」=一般質問の内容(4)=柏崎市議会6月定例会の中より

◎柏崎市議会6月定例会議の一般質問の中より、荒城彦一議員の質問内容を紹介している。今回はその内の4項目めである。

(4) 憲法改正への動きと、柏崎市と市民生活への影響について

安倍首相は先般(5月3日)、憲法改正を目指す有識者らでつくる「民間憲法臨調」などが開催した「公開フォーラム」に「ビデオメッセージ」を寄せ、「2020年を新しい憲法が施工される年にしたい」と、大きく踏み込んだ発言をし、改正論議が高まってきていますが、このことに関して順番にお聞きしたいと思います。

1.まず、この首相発言について市長の所感を伺います。

2.次に、柏崎市と市民生活に与える影響について伺います。

(1)初めに第9条に自衛隊を明記することについてですが、この事が柏崎市と市民生活に与える影響について伺います。先程の質問にも関連しますが、世界一の原子力発電所が立地する本市では、弾道ミサイルによる攻撃にはどのように対応するのか、出来るのか? ということになりますと、自衛隊との連携、展開が不可欠だと考えますが、伺います。

(2)次に高等教育無償化について伺います。安倍首相は「高等教育も総ての国民に開かれたものとしなければならない」と述べ、高等教育無償化に触れています。4年制大学が2校も立地する本市にとっては、大きな追い風となると考えますが、市長のご見解を求めます。

以上

「開花した大宮の桜」=生かされている意味さがし(58)

58 開花した大宮の桜=生かされている意味さがし(58)

三月半ば、仕事で上京する機会がありました。昔に比べて地下鉄や関東圏の鉄道網が発達しているので、池袋や新宿、神奈川方面は大宮で降りて埼京線や湘南新宿ラインに乗り換える方が利便に感じます。

今回も新宿での会議だったので、上越新幹線を大宮で乗り換えて新宿まで快速で向かいました。その直後に、車窓の外に目をやると桜が満開になっているではありませんか。

いや、正確には少し葉桜になりかけています。そこには「大宮 操の桜」という看板が立っていました。

大宮操車場の川津(カワズ)桜(ザクラ)。樹齢百年だそうです。二月中旬から開花するというのだけれど、自分はつい一時間前、川端康成の「トンネルの向こうの雪国」の景色を見ていたはずです。山ひとつ越えて関東の春には驚かされます。

とくにこの「操の桜」は、私がお気に入りの福岡の大濠公園周辺の桜より早い開花だと思います。

同じ日本人でありながら、狭い日本という国に住んでいながら、この季節感のギャップを、時空間をどう理解すればいいのだろう?! と頭を悩ませてしまいますね。

桜の木も他の草木もその場所で「命」をもらったが故に、その地に則した生き方をしなければなりません。

操車場に咲くその桜の木も、ひょっとしたら新入学の子ども達を見守る季節に花びらのシャワーをプレゼントしたかったのかも知れません。

新潟の桜は、新学期も始まり、四月の中盤から後半に咲き誇ります。お花見も賑わいますが夜は寒くてビールで乾杯するにはちょっとした勇気も必要です。

そのタイミングでの開花も「春の息吹」には間違いないのですが、マスコミの盛り上がりはすでに終わっていて、弘前城の桜と同様「晩春の話題」に近いものがあります。

どこで開花するのかは前述のように「その地に則した」タイミングなのでしょうが、人間だって芽吹きも、開花も、散り際も人それぞれです。

早咲きの大成した人を羨んでいても、実は自分は「大器晩成」という結果だってあります。羨ましく思っていた早咲きの人はすでに隠居の身かも知れません。

私は、一生に一度、誰でも「輝く時間」があると思っているのです。桜のように淡い色だったり、桃色のような強い色だったり、人に愛でられている時間が長かったり、あっという間だったり、あるいは人に愛でられることなく山里にそっと咲いていたり……。

でも、その時間は必ず「ある」と思うのです。その時間を見失うことなく、ここだ! と思うことと、その与えられた時間を精一杯「生きる」ということだと思うのです。

それは、自分自身が「生きた証」を感じ取れるという時間でもあります。

桜は日本人にとっては特別なものですが、雪国の人達にとっても特別なものでもあります。

春の息吹を自分の人生と重ねてみたくなる季節です。

003早春の風に身を任せている大宮の<操の桜>が、雪国の私にそんな思いをプレゼントしてくれました。あっ、そうそう、今度福島県冨岡町の桜を見に行きたいなぁ~。

〈松谷範行氏著作:「生かされている意味さがし」より〉

この記事はブログ管理者からの無理な申し出を、筆者から受け入れて頂き掲載しているものです。

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